生まれた時からロスタイム

少数派の人生や、ちょっと人と違うかもしれない考え方などを紹介していきます。

自分の都合で子供をかわいがるのはペットをかわいがるのと同じ

既に他界したうちの父は13人兄弟の末っ子で、外面がいいので他人からは好かれていました。いわゆるキャラ勝ちしていた人です。

しかし、中身が子供っぽいので家の中では随分とわがままを言い、更に理不尽な要求を押し通そうとしていまいた。

無闇やたらに私の成績を自慢して回る割に、私が家から少し離れた進学校のS高校へ行こうとすると、家から最寄りの“入りやすいA高校”へ行かせようとしました。

 

あほくさー!

成績足りてるのになんで難易度落とす?

 

当然、思いっきり無視です。中学校の三者面談で、担任が母に志望校の件を質問し、母は父が希望するA高校でいいんじゃないか?と言いました。

担任は「深雪はどうなの?」と言うので「受けません」と即答。担任も「はい」と即答。第一志望のS高校に十分成績が足りていることなど、担任は分かっています。

というか、母だって志望校を変える必要がないことくらいわかっていると思います。父がうるさいから一応言うだけです。父は学校の難易度など分かっていません。こんんな意見を聞くなど馬鹿馬鹿しいにも程があります。

ちなみにどちらも公立です。S高校へ通学するのは多少遠いとはいえ、同じ中学校から進学している人は沢山いました。交通費がべらぼうにかかるわけでもないです。単なる父の自分勝手なわがままで私の進路を変えるなど、あり得ません。

ついでに。

三者面談後の学級会か何かで担任が笑い話としてこの話をばらした記憶があります。もしくは担任が他の生徒の三者面談でこの話をしたのかも知れません。

大人になってから聞いたのですが「深雪ちゃんのお父さんは深雪ちゃんをA高校へ行かせようとしている」と生徒から聞いた同級生の親がうちの父を捕まえて説教したらしいです。

 

「なんで深雪ちゃんをS高校へ行かせないの?!大学だって行くだろうに!!」

 

ざまみろ

 

父の私への態度は、ペットをおもちゃにしているのと同じです。自分の思い通りでないと気に入らないのです。ちっとも父親らしくありません。保護者としての養育態度ではありませんね。信頼に値しません。


ほかにも父にはだいぶ人生を邪魔されました。あまりにもくだらない命令をしてくるので断ると「言うことを聞かなければ大学には行かせない」「今すぐ言うことを聞かなければ犬を川に捨ててくる」など、釣合の取れない交換条件を出していちいち脅迫してくるのです。

このようなつまらない洗脳をされているので、父が亡くなった後も“どうせ言っても聞いてくれない”“どうせ邪魔される”“どうせやりたいことをやらせてもらえない”といった思考回路を修正するのにとても時間がかかりました。子供の頃のことを思い出しても、足を引っ張られた記憶ばかりが出てきます。現実的に、私が自由になっても何も問題がないのですが、何かやりたいことをやろうとすると一瞬身構えて警戒してしまいます。

 

「親の言うことを聞くのが当たり前だ」と言う人がいますが、そんなものは大嘘です。親が間違っていることだってあります。

「子供は親孝行して当たり前だ」と言う人がいますが、それも違います。そもそも感謝に値する応援や支援をしていない親もいます。

「衣食住を満たすことを感謝しろ」みたいな人もいますが、そもそも最低限の子供の衣食住を満たすのは当たり前のことで、それを放棄したらネグレクトっていう立派な虐待です。

もっと言うならば、感謝の心を吹き飛ばすほど迷惑だったり問題のある、ろくでもない親だっています。最近話題の毒親なども該当するでしょうね。

ついでに言うなら「子供は親孝行して当たり前だ、感謝しろ」と親が自分で言ってはおしまいです。押し売りしたら自分で“なかったこと”にするようなものです。うちの母は自分で言いました。呆れています。

 

誰かに対して感謝の気持ちが湧くというのは、感謝したくなるような出来事があったと感じられた結果です。

 

親の発言や行動で悩む人へ。世間の常識みたいなものは、性善説と言いますか、問題発言のない親をモデルとして成立しているので、自分の親が当てはまらないだけなんだな、と気づいてください。あなたが悪い訳じゃない。

周囲の人に話してもなかなか理解されなくて苦しいこともあるかも知れませんが、今たまたま周囲にいないだけです。少数派ですが、同じような人が世の中にいます。どこかで出会えて「私だけじゃなかった」と、孤独感や罪悪感から解放されることを願っています。

 

 

この記事は4/14付アメーバブログへ「ペットじゃねえよ」として投稿したものを加筆・修正しています。